将星録 イベント集
通常版
| イベント名 | 条件 |
| 幕府要職就任 | 職によって対応する地方の城を全て所領に加える。 管領=近畿 羽州探題=出羽 関東管領=関東 西国探題=山陰山陽 奥州探題=陸奥 九州探題=九州 但し足利家が統治している城は除く。 |
| 征夷大将軍就任 | 二条城を居城にし32以上の城を統治すること。 他に征夷大将軍に就いている大名がいないこと。 |
| 関東管領就任(上杉家) | 長尾景虎が大名で上杉憲政が家臣にいること。 1561年3月以降であること。 ほかに関東管領に就いている大名がいないこと。 |
| 岐阜城改名 | 信長が那古野城と稲葉山城を統治し稲葉山城を居城にすること。 |
| 安土城着工 | 「岐阜城改名」イベントが起こっていること。 観音寺城を統治し居城にすること。 金15000を観音寺城に蓄える。 1月を迎える。 |
| 安土城完成 | 「安土城着工」イベントが発生していること。 |
| 安土城築城中止 | 安土城完成の前に次の事が起こるとこのイベントが発生する。 観音寺城が他大名にとられる。 織田信長が死亡する。 織田家が滅亡する。 尚、信長が生存していればもう一度条件を満たす事で築城は再度行える。 |
| キリスト教布教許可依頼 | 宣教師が訪れること。 本願寺家ではないこと。 大名が僧侶でないこと。 尚、大名が切支丹であることと大坂城か九州の城を居城にしていると 宣教師の来訪する確率が上がる。 |
| 鉄砲鍛冶村建設 | 鉄砲鍛冶が訪れること。 尚、大名が大坂城、雑賀城、九州の城を居城にしていると 鉄砲鍛冶の来訪確率が上がる。 |
| 天下友達 | 織田信長が死亡しており羽柴秀吉が大名であること。 秀吉が小田原嬢を統治していること。 秀吉が征夷大将軍か関白になっていること。 |
| 家康苦悩の選択 | 織田信長、徳川家康、武田勝頼が大名であること。 今川家が大名として存在しないこと。 松平信康、酒井忠次、服部半蔵、榊原康政が家康の家臣であること。 瀬名姫が徳川家康、五徳姫が松平信康の妻であること。 1579年9月以降であること。 |
| 桶狭間の合戦 | 織田信長が那古野城を居城とすること。 柴田勝家、羽柴秀吉が信長の家臣であること。 今川義元がコンピュータ大名であること。 義元が岡崎城を統治し今川氏真、松平元康が家臣にいること。 太原雪斎が家臣にいないこと。 1560年5月以降であること。 |
| 新宮党事件 | 毛利元就が大名であること。 吉川元春が元就の家臣にいること。 尼子晴久がコンピュータ大名であること。 尼子国久、尼子誠久が晴久の家臣にいること。 1554年以降の11月を迎えること。 |
| 津軽騒乱 | 南部晴政がコンピュータ大名であること。 石川高信、津軽為信、沼田祐光が晴政の家臣として弘前城に、 南部信直、九戸政実が晴政の家臣として晴政とともに三戸城にいること。 |
| 武田家親子の相克 | 今川氏真、武田信玄が大名で両家に同盟関係にないこと。 武田義信、飯富虎昌、山県昌景が信玄の家臣にいること。 今川義元、武田信繁が死亡していること。 1564年以降の7月を迎えること。 |
| 三矢の教え | 毛利元就が大名であること。 毛利隆元、吉川元春、小早川隆景が元就の家臣であること。 1557年11月以降であること。 |
| 正徳寺の会見 | 織田信長、斎藤道三がともに大名で両家が同盟関係にあること。 信長と帰蝶姫が婚姻していること。 斎藤義龍が道三の家臣にいること。 |
| 竹生島の悲劇 | 織田信長が大名で安土城を居城としていること。 森蘭丸が信長の家臣にいること。 1581年以降の4月を迎えること。 |
| 清洲同盟 | 織田信長が大名で那古野城を統治していること。 松平元康が信長以外のコンピュータ大名に仕え岡崎城主であること。 1562年以降の1月を迎えること。 |
| 本能寺の変 | 織田信長が大名で二条城を居城としていること。 以下の武将が信長の家臣でそれぞれ対応する城にいること。 織田信忠、森蘭丸=二条城 柴田勝家=一乗谷城 明智光秀、斎藤利三=八上城 羽柴秀吉、黒田官兵衛=姫路城 1582年以降の6月を迎えること。 |
パワーアップキット追加分
| 信長と無辺 | 信長が帰蝶姫と婚姻していること。 安土城を居城としていること。 以上の条件をそろえ1580年3月を迎えること。 |
| 南蛮の英知 〜置時計編〜 |
織田家の所領でキリスト教が許可されていないこと。 安土城が建っていないこと。 置時計が誰の所有でもないこと。 二条城を居城とすること。 |
| 南蛮の英知 〜地球儀編〜 |
「置時計編」が発生していること。 安土城が建っていること。 二条城を居城とすること。 |
| 信長の料理の好み | 信長が二条城を所有していて、居城としていないこと。 羽柴秀吉が家臣にいること。 三好家が滅亡していること。 |
| 蘭奢待拝領 | 信長が二条城と大和郡山城を所有していること。 織田家以外の大名が三家以上存在していること。 羽柴秀吉が信長の家臣にいること。 征夷大将軍及び足利家が大名として存在していないこと。 織田家が朝敵にされていないこと。 |
| 謀略の三巴 | 今川義元が駿府城、武田信玄が躑躅ヶ崎館、 北条氏康が小田原城を居城としていること。 太原雪斎が今川家臣にいること。 今川、武田、北条の間に同盟関係がないこと。 1554年3月以降であること。 |
| 今孔明の智略 | 竹中半兵衛と安藤守就が、斎藤龍興の家臣であること。 上記の三人が同じ城にいること。 1月を迎えること。 |
| 若き国主の苦悩 | 長尾景虎が大名で長尾政景が家臣にいること。 1556年8月を迎えること。 |
| 斎藤家親子の相克 | 斎藤道三と織田信長が大名であること。 織田家に家臣が一人以上いること。 斎藤義龍が斎藤家臣であること。 「正徳寺の会見」が発生していること。 1556年4月以降であること。 |
| 人取橋の別離 | 伊達政宗、片倉景綱が伊達輝宗の家臣であること。 二本松義継、大内定綱が伊達輝宗の家臣でないこと。 1585年10月以降であること。 |
| 真田十勇士集結 | 真田昌幸、信幸、幸村のいずれかが大名であること。 上記真田家臣に 猿飛佐助、霧隠才蔵、穴山小助、根津甚八、望月六郎 海野六郎、由利鎌之助、三好政康、三好政勝、筧十蔵 がいること。 |
| まことの黒田武士 | 福島正則が大名で母里太兵衛がその家臣であるか、 または福島正則と母里太兵衛が同じ大名に仕え、 正則の方が身分が上であること。 福島正則が家宝「日本」を所有していること。 二人が同じ城にいること。 |
| 天正遣欧少年使節 | 大友宗麟、大村純忠、有馬晴信が生存していること。 1582年を迎えること。 |
| 五右衛門釜ゆで | 羽柴秀吉が大名で二条城を居城としていること。 羽柴秀次が家臣にいること。 石川五右衛門が浪人であること。 1594年8月以降であること。 |
(信長の野望将星録マスターブック、将星録事典より引用)