三國志VII歴史イベント集

このページでは、歴代作にあったイベントを紹介しております。
ほぼ年代順でイベントが並んでおります。
注意:現時点では三國志X、Yの発生条件を元にした予測となっております。
ワード98で漢字が変換できなくて名前が完全に間違っている所があります。
ご了承くださいませ。

人材登用イベント等 追加希望戦闘イベント

三國志VIIに追加して欲しい歴史イベント
 その他

イベント名 主な発生条件 確認有無
桃園の誓い 184年3月。
代県にて劉備・関羽・張飛が義兄弟の契りを結ぶ。
霊帝崩御 184年4月。
霊帝の死亡により新たな後継皇帝として少帝が即位する。
張角、中道で死す 184年8月。
コンピュータ君主(以後COM)の張角が、後漢皇帝を
擁しておらず、配下に張宝・張梁がいること。
発生確率60%
人中の呂布、馬中の赤兎 シナリオ1の6月か12月。
ユーザー君主が赤兎馬を所持しており、配下に呂布がいない。
発生確率15%
少帝崩御 189年12月。
少帝の病死により新たな後継皇帝として献帝が即位する。
反董卓同盟結成

190年1月に董卓・袁紹・曹操が君主である。
また董卓が他の君主と同盟を結んでいない。

董卓、洛陽を焼き遷都を行う 「反董卓同盟」結成後で、190年3月。
董卓・袁紹・曹操が君主で、董卓の配下に王允・李儒がいること。
連環の計<王允亭酒宴> 「董卓、洛陽を焼き遷都を行う」発生後の192年1月。
董卓の本拠地が長安で、治安が低い。
董卓配下に呂布・王允がいること。
連環の計<鳳儀亭密会> 「王允亭酒宴」発生後の192年2月。
董卓配下に王允・呂布がいること。
李儒のかかわりによりイベントが変化。
連環の計<勅使到来> 「鳳儀亭密会」発生後の192年3月。
董卓配下に王允・呂布がいること。
連環の計<董卓暗殺> 「勅使到来」発生後の192年4月。
董卓配下に王允・呂布がいること。
董卓が死亡し呂布が後継君主になる。
この後、李寉・郭氾・賈[言羽](カク)・張済・樊稠が下野する。
連環の計<残党蜂起> 「董卓暗殺」発生後の192年6月。
李寉・郭氾・賈[言羽](カク)・張済・樊稠が下野しており、
呂布配下に王允がいること。
陶謙、徐州を劉備に譲る 通常シナリオ1〜2。劉備がCOM陶謙と同盟。
劉備が北海を支配しており、下ヒを持つ陶謙が寿命で死亡する。
許田の巻狩り 196年〜199年の4月。
後漢皇帝を擁し、許昌を所有するCOM曹操と
関羽・張飛を配下に持つ劉備が同盟をしている。
董承、玉帯に眠る密詔を拝領 「許田の巻狩り」発生後の196年〜199年の5月。
COM曹操の配下に董承がいる。
董承、劉備に密詔を見せる 「董承、玉帯に眠る密詔を拝領」発生後の196年〜199年の6月。
劉備が君主で、COM曹操の配下に董承がいる。
酒を煮て、英雄を論ず 「董承、劉備に密詔を見せる」発生した後の196年〜199年の7月。
劉備と曹操が同盟中で、袁術・袁紹・劉表・孫策・劉璋・張魯・張繍
らの3人以上が君主である。
密詔発覚し、董承処刑される 「董承、劉備に密詔を見せる」発生後の196年〜199年の9月。
COM曹操の配下に董承がいる。発生確率40%。
屯田制開始 196年10月〜12月。
君主が許昌を支配し、配下に韓浩がいる。
成帝即位 197年3月。袁術が玉璽を所有し、寿春を支配。
雷薄・紀霊らが配下にいる。
官爵が丞相以下で、後漢皇帝を擁立していない。
呉下の阿蒙 1〜6月。
孫堅を親とする武将が君主で、その配下に呂蒙と蒋欽がいる。
発生確率8%
呉下の阿蒙にあらず 12月。「呉下の阿蒙」が発生しており、
その時の君主の配下に呂蒙と魯粛がいること。
関羽千里行
<関羽、曹操の元を辞す>
200年4月。
曹操配下に関羽・張遼・張遼以外の軍師がいる。
関羽の忠誠度が100未満である。
袁紹配下に劉備がいること。
関羽千里行
<劉備、袁紹陣営から逃走す>
200年4月。
袁紹配下に劉備がおり、劉備の忠誠度が100未満である。
袁紹と劉表が同盟を結んでいない。
簡雍が袁紹配下の場合、劉備と共に下野をする。
関羽千里行
<山賊、関羽に帰順す>
200年5月。
関羽・周倉・裴元紹の身分が在野である。
関羽千里行
<張飛、関羽と争う>
「関羽、曹操の元を辞す」発生後の200年5月。
張飛が群雄で、関羽が在野である。
関羽千里行
<劉備、再び大地に立つ>
「劉備、袁紹陣営から逃走す」発生後の200年6月。
張飛が君主で劉備が在野である。
関羽千里行
<張飛、劉備に主座を譲る>
200年〜207年の12月。
張飛が君主であり、支配都市が3以下、配下に劉備がいる。
関羽千里行
<猛将、劉備の元へ推参>
200年6月。
「山賊、関羽に帰順す・劉備、再び大地に立つ」が発生している。
劉備が張飛に代わって君主になっている。
趙雲が在野であり、劉備配下に周倉・裴元紹がいる。
子龍、賊から的盧を奪う 200年12月以前。
配下の趙雲が治安担当官で、的盧の所有者がいないこと。
発生確率10%
髀肉の嘆<英雄論> 203年〜208年の1月。
新野を持つ劉備が、より支配都市数が多く襄陽を支配する
COM劉表と同盟中。発生確率40%
髀肉の嘆<漢室再興> 基本条件は上記と同じ。
「酒を煮て、英雄を論ず」が発生していない場合に起こるイベント。
水鏡、龍鳳を推挙する 207年1月〜6月。
新野を含む支配都市が6未満の君主で、
軍師の知力が80未満であること。
発生確率40%
徐庶の到来 202〜207年の7月〜9月。
知力80未満の軍師を持つ劉備の都市に在野・未発見の
徐庶がいること。確率50%
徐庶、劉備の元を辞する 「徐庶の到来」発生後の207年12月。
徐庶が劉備の軍師で曹操が後漢皇帝を擁している。
三顧の礼<徐庶推挙> 「徐庶、劉備の元を辞する」発生後、207年11月。
劉備が新野を領有し、諸葛亮が未登用。
三顧の礼<水鏡推挙> 「水鏡、龍鳳を推挙する」が発生し、
「三顧の礼<徐庶推挙>」が発生していない。
207年の1・4・7・10月。
三顧の礼
<二度目の訪問=徐庶推挙>
「三顧の礼<徐庶推挙>」発生後の207年12月。
関羽・張飛を配下に持つ劉備が新野を領有し、諸葛亮が未登用。
三顧の礼
<二度目の訪問=水鏡推挙>
「三顧の礼<水鏡推挙>」発生後の207年2・5・8・11月。
群雄が新野を領有し、諸葛亮が未登用。
三顧の礼
<三度目の訪問=関・張随行>
「2度目の訪問=徐庶推挙」発生後の208年1月。
劉備が新野を領有し配下に関羽・張飛がいる。
諸葛亮が未登用である。
三顧の礼<三度目の訪問> 「二度目の訪問=水鏡推挙」発生後の207年3・6・9・12月。
劉備の場合は関羽・張飛が随行できない状態。
孔明、自ら出盧す 209年2月。
一連の三顧の礼イベントのうち、「2度目の訪問=徐庶推挙」
「二度目の訪問=水鏡推挙」が発生していない。
劉備がユーザー君主で新野を領有していること。
伊籍、劉備に
的盧の忠告する(仮)
(NEW)
的盧を所有する劉備が伊籍を訪問する、もしくは
伊籍が劉備を訪問すると発生する。
親密度が大幅上昇する。(20ぐらい。)
銅雀台<銅雀発見> 207年1〜12月。
[業β](ギョウ)支配している君主が後漢皇帝を擁している。
発生確率10%
銅雀台<建築開始> 銅雀発見後の208年1月〜3月。
[業β](ギョウ)を支配し後漢皇帝を擁している君主が
軍師と同じ都市におり軍資金50000以上保有している。
銅雀台<銅雀台完成> 建築開始で「可」を選んだ後の210年4月。
[業β](ギョウ)の人口や商業値が上昇し、君主の名声がUP。
銅雀台<銅雀台弓術大会> 曹操で銅雀台完成が発生した210年4月。
配下に文聘・曹洪・張コウ(儁艾)・夏侯淵・徐晃・許チョがいること。
鳳雛は百里の才にあらず 諸葛亮・ホウ統・張飛が劉備配下。
ホウ統が荊州南部の太守で治安度が80未満。
劉備と張飛が別の都市にいっしょいること。
張松、西蜀の買い手を捜す 211年7月〜12月。
曹操・張魯・劉備・劉璋が君主で、劉璋が三者と同盟していない。
張松・法正・孟達・黄権・王累が劉璋配下。
諸葛亮・ホウ統が劉備配下である。
張松が「西蜀地形図」を所有。
劉璋が成都・江州・永安・梓潼
曹操が長安・洛陽・許昌
劉備が武陵、COM張魯が漢中を支配している。
建業遷都 孫堅を親とする君主の配下に張昭・張紘がいる。
本拠地が建業以外である。
張紘が死亡すると発生する。
魏公推挙騒動 212年10月。
許昌か[業β](ギョウ)を本拠とし、荀[或〃](ジュンイク)・
董昭が配下にいること。
後漢皇帝を擁しており、官爵が丞相以下である。
魏公推挙騒動<荀F憤死> 条件は上記と同じだが、荀[或〃](ジュンイク)の不満度が
90以上の時に発生。そして、死亡する。
美髯公には及ばず 馬超の劉備への仕官数が2年未満。
劉備・諸葛亮・馬超と、関羽が同じ都市にいない。
張飛が劉備配下である。
魏王即位 216年5月。
魏公曹操が後漢皇帝を擁し、許昌・[業β](ギョウ)を含む
12以上の都市を領有。
配下に、曹丕・曹植・鍾ヨウがいる。
漢中王即位 219年7月。
劉備の官爵が丞相以下で成都・漢中など6都市以上領有。
劉備配下に諸葛亮・張飛・許靖がいる。
魏王が後漢皇帝を擁している。
五虎大将 劉備の官爵が「王」である。
劉備配下に関羽・張飛・趙雲・黄忠・馬超がいる。
五虎大将<魏延> 劉備の官爵が「王」である。
劉備配下に関羽・張飛・趙雲・黄忠・魏延がいる。
九品官人法制定 220年1月〜12月。
陳羣が配下にいる。
許昌を含む12都市以上領有し、後漢皇帝を擁している。
30%の確率判定により成功する。
魏帝即位 220年10月。
曹操または曹操の子が魏王として後漢皇帝を擁し、
許昌・[業β](ギョウ)を含め16以上の都市を支配している。
蜀漢帝即位<孔明仮病> 221年4月。
魏帝が存在し、劉備が王として成都を含む7都市以上支配している。
劉備配下に諸葛亮がいる。
蜀漢帝即位 「孔明仮病」とほぼ同様だが、君主が劉備の子である場合。
必ずしも諸葛亮が配下である必要は無い。
呉王即位 221年8月。
孫堅を親とする君主の官爵が公以下。
呉を含む6都市以上領有し、配下に張昭・徐盛・諸葛瑾がいる。
すでに魏帝が存在している。
出師の表 227年1〜6月。
劉備を親とする君主の配下に諸葛亮が丞相(軍師)である。
劉備を親とする君主が成都・梓潼・漢中を、
曹操の子が長安・安定・天水を支配している。
発生確率30%
呉帝即位 229年4月。
孫堅を親とする君主が呉王として建業を含む8都市以上を支配。
後漢皇帝の禅譲により他群雄の皇帝が存在している。
燕王即位 237年1〜6月。
襄平と洛陽が同一君主が領有している。
襄平に太守公孫淵と賈範・倫直・卑衍・楊祚がいる。
発生確率25%
倭人、朝貢す 238年〜。
襄平と洛陽を領有する皇帝君主が軍師と同じ都市にいること。
黄皓の讒言 姜維・黄皓・閻宇が皇帝劉禅の配下で、董允が配下にいない。
姜維が武都太守で黄皓らが別の都市にいる。

人材登用イベント等 追加希望戦闘イベント

三國志VIIに追加して欲しい歴史イベント その他

攻略ガイドへ戻る